自殺日記


僕のアパートからちょっと離れた大きめの本屋に行きました。 遠くではないですが近所とは言えない距離です。 その本屋に行くには大きな通りを渡らなければなりませんでした。
大通りの横断歩道を渡っているときに、左折しようとした車と ぶつかりそうになってしまいました。 信号は青だったし横断歩道の上を歩いているのだから、 車は歩行者が渡るまで待たなければなりません。 僕は悪くないはずです。 でも、その運転手はクラクションを鳴らして さっさと行けという手振りをしました。 僕はいつものように何も言えずにその場を立ち去りました。 あとからものすごく頭にきたけど、もう過ぎてしまったことです。 もうどうにもならないし、あのとき僕に何かできたとも思えません。 ただ、頭の中で乱暴な運転をした奴を殴ったり蹴ったりすることを 何度も考えただけでした。
そんな嫌なことがあったけど、なんとか本屋に着きました。 睡眠薬などに関する本を探してみたけど、これといった本は 見つかりませんでした。
だけど、医学関係の書籍をいくつか見ていたら、面白い本を見つけました。 題名は忘れてしまったけど、人体の細胞に関する本です。 細胞の中には外部から刺激を受けたわけでもなく老化したわけでもないのに、 自然と内側から崩壊していくものがあるそうです。 この細胞の自殺のことをアポトーシスと言います。 生物が存在できるのはアポトーシスがあるからで、自殺した細胞の間に 神経などがつくられるということです。
僕は、アポトーシスというのは誰かを助けるために 行われているみたいだなと思いました。 僕はあと69日で死ぬつもりですが、僕が死ぬことによって 誰かを助けるようなことは何もないです。
あと69日。


昼過ぎに起きたとき、喉の奥に何かが詰まったような感じがして 咳が止まりませんでした。 たぶん昨日本屋に行ったときに風邪をうつされたのだと思います。 ちょっと頭がフラフラして熱っぽいです。
もしかしたらこのまま死ねるかもしれないと一瞬思ったけど、 風邪くらいで死ねるわけがありません。 それにあと68日間は生きていなければならないような気がしてきました。 死ぬ準備をするためなのに・・・。 不思議な気分です。
あと68日。


昨日の風邪がひどくなったのか、体中がだるくて力が入りません。 体温計がないので分かりませんが、たぶん熱も出てきたと思います。
普通の人ならこんなときとても嫌な気分になると思いますが、 僕は逆にとても安心します。 病気ならば無条件で家の中に居られるからです。 外に出なくていいのはとても楽です。 ですから、雨の日も同じように好きです。
でも、いつか病気は治ってしまうし雨も上がってしまいます。 外に出ればまた辛い現実と向き合わなくてはなりません。
あと67日。


昨日よりは熱が下がってきたようです。 でも、まだ全身の気だるさは抜けません。 咳も相変わらず出ています。 あと2、3日もすればよくなると思いますが。
メールで、様々な薬物の致死量が載っている本を教えてもらいました。 薬学の専門書のようです。 値段はちょっと高いですが、買う価値はあると思います。 『完全自殺マニュアル』よりも役に立つ本らしいです。 売っている書店も教えてもらっているので、風邪がよくなったらさっそく 買いに行こうと思います。
あと66日。


思ったとおり、だいぶ気だるさが抜けてきました。 咳もあまり出なくなってきました。 明日か明後日には本を買いに行けると思います。 風邪は治ってきましたが、また外に出なければならないと思うと 陰鬱な気分です。
あと65日。


まだちょっと頭がぼうっとしていたけど、本を買いに行きました。 今度は新宿まで行かず、その手前の駅近くにある書店です。
いつものように混雑する時間を避けて電車で行きました。 今まで3回しか来たことのない場所でしたけど、 その書店はすぐに分かりました。 また、メールで教えてもらったとおりの売り場にあったので、 目的の書籍もすぐに見つかりました。
専門書だけあって『完全自殺マニュアル』よりも多くの睡眠薬と 致死量が載っています。 睡眠薬以外にも農薬や洗剤、消毒剤、植物、きのこなども掲載されていました。 まだ全部読んでいませんが、かなりの知識がつきそうです。
今度は『完全自殺マニュアル』のときと違って、なぜかとても冷静です。 自分の歩くべき道をただ淡々と行くような感じです。
帰りの電車の中で、長髪の男性と奇麗な女性のカップルが、 もし宝くじが当たったら何を買うか話していました。 男性は「とりあえず家と車かな」と言い、 女性は「2人で海外旅行に行こう」と言っていました。 とても楽しそうです。 僕には遠い世界のことのようでした。
あと64日。


昨日買った本を時間をかけて少しずつ読んでいます。 その本によると、睡眠薬の中ではバルビツール系のものが 効果が強いらしいです。 バルビツール系の推定致死量は1〜2gと少量です。 ブロムワレリル尿素の致死量が30〜50gなのを考えれば、 いかに少量で死に至るのかが分かります。
ドクター・キリコ事件で使われた青酸カリも調べてみました。 シアン化水素の致死量は50mgとバルビツール系の睡眠薬よりもずっと少ないけど、 死ぬまでかなり苦しまなくてはならないようです。 症状を比較してみると、やはり睡眠薬の方がいいと思います。
これでだいたいの目星はつきました。 幸いなことに商品名も載っています。 病院で薬を出されたら、それが何なのか医者に聞かなくても済みそうです。 今まで知識がなかったので、薬を飲むのは助かってしまいそうだから できなかったけど、今は集めた錠剤を飲んでいる自分の姿が ぼんやりとですがイメージできます。
あと63日。


悪夢にうなされて体中汗びっしょりで起きました。 悪夢を見るのはよくあるけど、今日の夢は本当に気持ち悪かったです。 起きた後もかなりの間、不快感がいっぱいで何も考えられませんでした。
僕が少女を犯す夢でした。 少女の口にはパンティが丸めて入れられていて、 タオルで目隠しをされています。 服はビリビリに破けていて、腕にわずかに布のはしきれのように 絡み付いていました。
工場の跡地のようなところです。 ぐらつく窓の外には、カラスが2羽、錆付いた車の屋根に止まっています。 僕たち以外には誰もいません。
僕は少女の腕を押さえてペニスを挿入します。 出し入れするたびに少女は悲痛なうめき声を出します。 快感はまったく感じていないようです。 それでも僕はかまわずに動かし続けます。
と、突然パトカーのサイレンが聞こえてきました。 きっとこの少女の両親が捜索願いを出して、警察が少女の足取りを追って、 僕を突き止めたのだと思いました。 僕はもう逃げられないと思い裸のままで立ち上がり、 薬が入った瓶を手に取りました。 この瓶の中には青酸カリが入っています。 飲めばもがき苦しみながら死にます。 でも、もう時間がありません。 すぐそこまで、ドアのすぐ外に警官の靴音が聞こえています。 もう死ぬしかありません。 震える手で瓶を傾け、口の中に液体を流し込みます。 警官がドアを開けたと同時に、胸を掻き毟るような苦痛が 襲ってきました。
そこで目が覚めました。 ものすごく息遣いが荒く、ベットのシーツがかなり乱れていました。 起きた瞬間、恐怖感は不快感にかわりました。 自己嫌悪です。 いつもの妄想とは違い少女を無理矢理犯して、しかも青酸カリで死ぬ。 もしかして少女を強姦するのが僕の願望なのかもしれません。 苦しみながら死ぬのも、無意識に本当の僕が 望んでいることなのかもしれません。 そう思うと、とても気持ち悪くなってしまいました。
はやくバルビツール系の薬を集めようと思います。
あと62日。


昨夜、眠るのがとても恐くて、外が明るくなるまで寝付けませんでした。 夢の中では僕の醜い欲望が際限無く溢れ出てくるような気がします。 醜い欲望は押さえ込んでおかなければなりません。 そうしないと、本当に誰かを傷つけてしまいそうです。
あと61日。


今日もあまり寝ていません。
電話帳で精神科の病院を調べてみました。 意外に多くの病院が載っています。 精神科・神経科と内科のある病院が多いです。 内科があるところは、それだけ患者の体内まで精通しているような気がします。 今は薬だけだしてもらえばそれでいいです。 精神科と神経科(たぶんこの2つは同じだと思います)だけが ある病院かクリニックを選んで行こうと思います。
あと60日。


いつものように昼過ぎに起きて部屋の中を見まわすと、 天井の隅が歪んでいるように見えました。 今日もあまりよく眠れなかったので、そのせいかもしれません。 しばらくベットの中でぼうっと天井を眺めていたら、 ちゃんと見えるようになりましたが。
精神科と神経科だけがあるクリニックをいくつか選びました。 病院は大掛かりの施設がありそうなので除外しました。
たぶん僕は病気と診断されると思います。 うつ病だと思います。 でも、僕は子どもの頃から陰気な性格でした。 暗い自分を隠して生きていこうとしました。 もう十何年もうつ病なのかもしれません。
あと59日。


起きているとき、なぜかいつも青酸カリで苦しみながら死ぬことを 考えてしまいます。 睡眠薬を致死量分飲めば、苦しまずに死ねるはずなのに。 こんなことなら青酸カリについて知らなければよかったと思います。 でも、僕はもう青酸カリを飲めばどうなるか知っています。 睡眠薬で眠るように死ぬのも青酸カリで苦しみながら死ぬのも、 結果だけ見れば同じ死です。
青酸カリ以外にも簡単に手に入る農薬や殺虫剤で死ぬこともできます。 たぶんものすごく苦しまなければならないと思いますが。 これらならば、わざわざクリニックに行って薬をもらってくる 必要はありません。 クリニックの医者に会わなくてもいいです。 睡眠薬を手に入れるより楽な方法です。 僕は本当はクリニックなんかに行きたくないです。 楽な方を取りたいと思っています。 でも、楽な方を取ると、死ぬときに苦しまなくてはなりません。 だから恐くてたまらないのだと思います。
クリニックに行って医者と話すのは嫌だけど、睡眠薬をもらうために 行かなければなりません。 明日は、選んだクリニックに電話をかけて予約をしようと思います。
あと58日。


駅に比較的近くて精神科と神経科だけがあるクリニックに電話をしました。
もう1年以上、自分から電話をかけていません。 かかってくる電話をとるとき以上に緊張します。 電話の前で何回も、予約するときの言葉を繰り返して言ってみました。 まず予約を入れたいことを伝え、たぶん症状について聞いてくるから 眠れないと答え、こちらが希望する日時を言えばいいはずです。 それを紙に書いて何度も何度も復習してみました。 それでも、クリニックの電話番号を押しているときにためらってしまって、 途中で受話器を置いてしまいました。 4度目に、受話器を置く前に相手が出ました。
「はい、○○クリニックです」
若い女性の声です。
僕は「あ、あの・・・」と、しどろもどろになってしまいました。 受話器を持つ手が汗ばんでいます。 それから何も言えなくなってしまって、何か言わなきゃと思っても、 緊張して予約を入れたいことを言えません。
少しの沈黙の後、クリニックの女性が、
「通院されている方ですか?」
と聞いてきたので、僕は慌ててメモを見て、
「予約を入れたいんですけど・・・」
と言うことができました。
その後はほぼ僕が思っていたとおりに話が進みました。 ただ症状については、「どのようなお悩みでしょうか?」 としか聞かれませんでした。
なんとか来週の火曜日の午後に予約を入れることができました。 少しずつですが目的に向かって前進しているように思います。
あと57日。


だんだん不安になってきました。 火曜日にクリニックに行き、医者にちゃんと不眠症だと言って、 睡眠薬を出してもらえるかどうかとても心配です。
面と向かってまともに他人と話すのは、もう何年もなかったように思います。 今まで友達は1人もいなかったし、学校の先生とも会話はしていません。 先生に何か聞かれたときに、 「はい」とか「いいえ」と答えていただけでした。
父ともほとんど話していません。 独り暮らしを始めてからは特にそうです。 会ってもいません。 そのほうがお互いいいでしょうし。
それでも他人と話しをしなければならないときは、とても緊張してしまって、 暑くもないのに体中汗をびっしょりかいてしまいます。 相手が話す前にこちらから話してしまったり、まったく場違いなことを 言ってしまったりします。 会話が成り立ちません。 相手に失笑されたこともありました。
誰かと話しをするのはとても恐いことだと思います。
あと56日。


予約を入れたクリニックを下見に行きました。 今日は休診日ですが、場所を確認しておきたいと思ったので。 電話帳の広告に載っていた地図を紙に書き写して、 3駅ほど離れたクリニックまで行ってみました。
駅からちょっと離れたところにあったけど、分かりやすい道順だったので 迷うことなくたどり着きました。 クリニックの小さな玄関扉の向こうはブラインドが下ろされていて 中が覗けませんでした。 建物から察するに中はあまり広くないと思います。 火曜日にはもう一度ここに来なければなりません。
クリニックを立ち去るとき、横の方に止めてあった自動車の 窓に一瞬僕の上半身がうつりました。 猫背で生気がなく、一重の瞼と腫れぼったい唇とへこんだ鼻をした 醜い顔のくだらない奴がうつっていました。 自分でも、世界中でもっとも醜い顔だと思います。
あと55日。


また「今すぐ死んでしまえ」というメールをもらいました。 今度は以前のように衝動的に死にたくなるようなことはありませんでした。 ただ冷淡に受け止めただけです。 自分でも不思議なくらいに心が落ち着いています。 僕は後悔することを受け入れたし、 他人から蔑まれ疎まれることを受け入れたんです。 僕は生きるに値しない人間です。
この前切った腕の傷に肉がついてきました。 かさぶたを剥がしたあとの気味の悪い色をしています。 明日、クリニックに行くときは、この傷痕は隠さなくてはなりません。
あと54日。


今日は朝9時頃に目が覚めました。 いつもは昼過ぎに起きるのに、クリニックの予約を入れていたためか 無意識のうちに早く起きてしまったようです。
午前中から身支度を整え、クリニックに向かいました。 約束の時間の15分前にクリニックに着きました。
クリニックの中に入った途端に体中に汗をかいてしまいました。 背中に汗が溜まって流れていくのが分かります。 冷たい汗です。 待合室は外よりも明るく、全体的に白っぽくて清潔な感じがします。 50代前半くらいの男性が1人、すでに長椅子に座っていました。 緊張しながら、受け付けの女性に予約を入れていたことを告げます。 紙を渡されて名前や住所、症状などを書くように言われました。 紙には、眠れなくて困っているというようなことを書きました。 それからちょっとして、待っていた男性が呼ばれました。 待っている間、医者から聞かれたことへの返答をいろいろと考えていました。
30分くらいして男性が出てきて、今度は僕が呼ばれました。 逃げ出したい気分でした。 でも、薬をもらうまでは帰ることはできません。 診察室のドアを開けたとき、初めて女性の先生だと分かりました。 30代後半くらいの色白で目鼻立ちの整った奇麗で優しそうな女性です。 僕は、今までハンサムな男性や奇麗な女性はあまり見ないようにしていました。 自分でも自分の醜さがいつもより目立ってしまうと感じるからです。 「お願いします」と言って、申し訳ないような気分で椅子に座ります。 先生は先ほど僕が書いた紙を見て、具体的な症状を聞きました。 僕は額の汗を拭きながら答えました。 喉の奥が乾いているのが自分でも分かるくらいに緊張しています。 先生は、僕の下手な説明にもいちいち頷いてくれました。
診察は30分くらい続きました。 僕は「はい」とか「いいえ」などと答えることが多かったのですが、 それでも自分のことについて説明するときがありました。 この日記以外で自分のことを話すのは初めてです。 他人の視線が気になることや、 大学を中退して今は何もしていないことなどを話しました。 でも、いつもの妄想のことや自殺のことは話していません。 そのことは絶対に話してはいけないことのように思います。
先生は最後に、
「眠りを促すお薬と不安を軽くするお薬を出しておきます」
と言いました。
先生に僕の本心を見透かされてしまうようで恐かったのですが、 なんとか不眠の薬をもらうことができたようです。
アパートに帰ってもらった薬を出してみると、1種類は まったく知らない名前でした。 この前買った本にも載っていません。 もう1種類の方は軽い効果の薬だということが分かりました。 もっと強い薬を出してもらわなければなりません。
あと53日。


昨夜、クリニックでもらった薬を飲んで寝ました。 薬の効果はよく分かりませんでした。 いつもとほとんど変らない気がします。 このような薬では多量に飲んでも死ねないなと思いました。 次にクリニックに行くときには、 まったく効かなかったと言おうと思います。
あと52日。


人は希望がなければ生きていけないとよく言われます。 ほんの少しも明るい未来をイメージできなければ、 今を生きることができないのだと思います。
もし、この自殺日記を読んで自分も死にたくなった人がいるならば、 もう2度と読まないでください。 お願いします。
夢がある、心がきれい、ひとを外見で判断しない、働き者、努力を惜しまない、 頑張り屋、勇気がある、たくましい、明るい性格、謙虚、義務感がある、 すべての言葉が嘘のように思えます。 明るい未来を願うことができない人間は、僕1人で充分です。
あと51日。


コンビニに弁当を買いに行った帰り、猫の死骸を見つけました。 頭が半分以上陥没していて、後頭部から血と脳髄らしいものが 出ていました。 前足が変な方向に曲がっています。 その曲がった足の先に何か小さな白いものがついていました。 僕は足で蹴飛ばして猫の死骸をひっくり返してみました。 猫の足の先についていたのは蛆虫でした。 腹部に蛆が湧いていて、地面にわらわらと這い広がっていきました。 僕の靴の先にも蛆が付いてしまいました。 僕は靴をアスファルトになすり付けるようにして蛆虫を潰しました。
家に帰ってから明るいところで靴を見ると、潰した蛆虫が 黒い染みになっていました。 靴を捨ててしまおうと思ったけど止めました。 僕も死んだらあの猫のようになるでしょうから。
あと50日。


クリニックでもらった薬は飲んでいません。 パッケージから出して銀色のケースに入れてあります。 1週間分の錠剤を見ていたら、昨日の猫の死骸にわいていた蛆虫を 思い出しました。
たしかに昨日見た猫の死骸には蛆がわいていました。 でも、この寒空に蛆がわくなんてことがあるのでしょうか? あれはもしかしたら夢かもしれないと思いました。 クリニックで薬をもらってきてから、どんどん現実感がなくなっています。 それで夢と現実をごっちゃにしてしまったのかもしれません。
僕は昨日履いた靴を玄関に見に行きました。 靴の先にはかすかに染みができています。 でも、前からあった染みのようにも思えます。 猫の死骸は強烈に記憶に残っています。 猫の死骸があった場所に行ってみることにしました。
外はすでに暗くなっていて、アパートの階段の灯りがついていました。 猫の死骸があった場所に行ってみると、猫の死骸はなくて、 地面に黒い染みのようなものが付いていました。 たぶん誰かが死骸を片づけたんだろうなと思いました。 あれは蛆虫ではなくて、猫の腹の中にいた回虫かもしれません。 でも、回虫にしては短くて数がたくさんいました。
もう何が現実なのかよくわかりません。
あと49日。


夕方、僕のアパートの前の道で、 小さな女の子たち(たぶん小学校低学年くらいだと思います)が クリスマスの歌を歌っているのが聞こえてきました。 台所でじっと身を潜めて女の子たちに気づかれないように聞いていました。
クリスマスが楽しかった思い出は1度もありません。 いつも1人で過ごしていました。 ケーキを買うときには、僕以外食べる人はいないのに、 数人でパーティーをすることを装って、大きなサイズのものを 買っていました。 それをたった1人で部屋の中でテレビを見ながら食べるのは とても寂しかったです。
もう今年はそんなことはしません。
あと48日。


明日はクリニックに行く日です。 また他人と話しをしなくてはなりません。 いつものように僕が話さなければならないことを 何度も繰り返して考えてみます。 薬はまったく効かなかったことと不眠はまだ続いていること、 生活に何の変化もないことを伝えます。 今度は初診のときよりも短い時間で終ると思います。 クリニックの先生には不信感を持たれたくないと思います。
あと47日。


午後の早い時間にクリニックへ行きました。
待合室に入ると、待っている人は僕以外誰もいませんでした。 待合室の椅子に座って待っていたら、隣のトイレから 小用の音が聞こえてきました。 僕は、きっと通院している男性がトイレに入っているんだなと思ったけど、 出てきたのは20代中頃くらいの女性でした。 その女性は一瞬驚いた様子でしたが、 何事もなかったように椅子に腰掛けました。 僕は、変なことを考えてしまった恥ずかしさと 自分は汚らわしい人間だという思いで俯いてしまいました。
診察では、昨日考えてきたことを先生に伝えました。
先生は、
「お薬によって合う人と合わない人がいますから、 今日は別のを出しておきますね」
と言いました。
僕は、「もっと強い薬を出して欲しい」と言おうと思ったけど、 最後まで言えませんでした。 何人かの方から、「今の精神科では弱い薬しか出さない」という内容のメールを いただいています。 強い薬をもらいたかったら、「自殺したい」くらいのことを医者に言わなければ ならないようです。 でも、僕は本心を先生に言うのが恐いです。 自分をすべて見透かされてしまうような気がします。 何の才能もなくてずるくて汚らわしくてロリコンの醜い僕を、奇麗な先生には 見せたくありません。
診察が終わった後、トイレに行きました。 今まで気づかなかったけど、男女共用のようで、三角形の小さなごみ箱が 隅に置いてありました。 さっきの女性もこのごみ箱を使ったのかもしれないと思い、 少し興奮している自分に気づきました。 ゴミ箱の蓋を音を立てないようにそっと開けてみると、 トイレットペーパーが巻かれたものが入っていました。 また蓋をゆっくり元に戻し、立ち上がってドアがロックされていることを 確認しました。 僕は本当にどうしようもなく汚らわしい人間です。 いつもより念入りに手を洗いました。
アパートに帰り、この前と同じようにもらった薬を調べてみます。 今度も効力が弱い薬でした。 やはり自殺したいことを先生に言わなければならないかもしれません。
あと46日。


自殺したいことだけを言い、僕の本心は隠しておく。 専門の医者を相手にしてそんなことができるのでしょうか?
たぶん僕には無理だと思います。 半分は嘘の不眠の話も何度も復習してやっと伝えることができました。 これ以上、嘘を言うことはできないと思います。 もし言ったら嘘がばれてしまうような気がします。 僕の本心を知ってもたぶん先生は診察を続けると思います。 先生は医者で、それが職業だから。 でも、本心では軽蔑するかもしれません。 気持ち悪いと思うでしょう。 それがとても恐いです。
あと45日。


今日はずっとクリニックの先生のことを考えていました。 誰かに似ているような気がします。 でも、誰なのか分かりません。 ものすごく身近な人のような気がしますが、たぶんそれは僕の 思い違いだと思います。 親しい人は1人もいないし、あんな綺麗で優しい人は知りません。
このままクリニックに通っても、効果の強い睡眠薬を手に入れることが できるとは思えません。 睡眠薬で死ねないとなると、首を吊るか飛び降りか、電車に飛び込むこと くらいしかありません。 飛び降りも電車に飛び込むのも、今では何か違うような気がします。 やはり多少苦しくても首を吊ることを選択するしかないかもしれません。
あと44日。


今日はクリスマス・イブです。 でも、僕にはもう関係ありません。
生きることに意味はないと言える人は、とても強い人だと思います。 そうではない人は、自分には価値がないから、 何か別のものに2次的に生きる意味を求めてしまうのだと思います。 誰かのために生きるとか、誰かに生かされているという人は、 生きることの意味を持たせようとしているのだと思います。
僕は、誰かのために生きているとも生かされているとも思えません。 かといって、生きることに意味がないと言えるだけの強さもありません。 自分には価値がないと分かっているのに、自分の中に生きる意味を 求めてしまっていたのは、僕が弱いからです。
生きることは、悲しくて辛くて孤独です。
あと43日。


自分を偽るクリスマスは、今年はありませんでした。 ただいつものように辛くて寂しいと思っていた日でした。 単なる毎日の中の1日です。
年が明けたら太目の縄を買ってこようと思います。
あと42日。


死に場所を考えています。 誰もいなくて静かな場所で死にたいと思います。 できれば死んでからすぐに発見されたくありません。 少なくても半年くらいは誰の目にもとまりたくないです。 本当は、僕の肉が腐り骨だけになり、その骨も風化して土に なってしまいたいです。 そうなれば僕の存在はまったくなくなります。
そんな誰もいない場所はあまりないと思います。 でも、1ヶ所だけ思い当たる場所があります。 かなり山奥ですが、あそこなら誰もいないし静かな場所です。 正確な場所は分かりませんが、行ってみるだけの価値はあると思います。
あと41日。


僕はクズです。
先生さえも汚してしまいました…。
あと40日。